大阪高等裁判所 平成4年(ラ)493号 決定 1993年10月04日
抗告人
豊山浩一
右代理人弁護士
岡田尚明
相手方
株式会社鹿児島銀行
右代表者代表取締役
上田格
右代理人弁護士
野田健太郎
主文
一 原決定及び大阪地方裁判所が同裁判所平成四年(ヨ)第五五八号不動産仮差押命令申立事件について平成四年三月四日にした仮差押決定を取り消す。
二 相手方の本件仮差押命令申立を却下する。
三 申立費用は、原審及び当審とも相手方の負担とする。
理由
第一抗告人は、主文同旨の裁判を求め、抗告の理由を別紙(一)のとおり述べた。相手方は、「一 本件抗告を棄却する。二 抗告費用は抗告人の負担とする。」との裁判を求め、抗告理由に対する答弁及び主張を別紙(二)、(三)、(四)のとおり述べた。
第二事案の概要は、原決定記載のとおり(原決定二枚目表三行目から四枚目裏五行目まで、ただし、原決定三枚目表一〇行目「条件に」の次に「差押時に遡って」を加え、同四枚目表一行目の「消滅時効が」から同二行目の末尾までを「主債務か消滅時効の完成により消滅しているので、これを援用する。したがって、抗告人の連帯保証債務も消滅した。」と改める。)であるから、これを引用する。
第三争点に対する判断
一当裁判所も、本件争点のうち、連帯保証契約の存否(争点1)については、相手方主張のとおり同契約の成立を認めるのが相当であり、時効中断の有無(争点2)については、本件貸金(主債務)について五年の消滅時効期間が経過し、相手方のした物上保証人の担保物件に対する競売申立による時効中断は認められず、消滅時効が完成したものと判断する。その理由は、原決定六枚目表五行目の末尾に、「また、当審参考人益田宗児の陳述中にも右の主張に符合する部分があるが、その内容が曖昧であり、右同様信用することができない。」を、同七枚目表四行目の次に改行して「5 以上によれば、本件貸金(主債務)については昭和六三年一〇月二八日の経過により消滅時効が完成しているので、抗告人はこれを援用してその連帯保証債務の履行を免れ得ることとなる。」をそれぞれ加えるほか、原決定理由説示のとおり(原決定四枚目裏七行目から七枚目表四行目まで)であるから、これを引用する。
二相手方は、抗告人は消滅時効完成後本件貸金について連帯保証債務を承認したので、信義則上時効を援用することは許されないと主張する(争点3)ので、判断する。
まず、<書証番号略>、原審参考人徳留龍一の審尋の結果によれば、本件仮差押決定の正本が抗告人に送達された後である平成四年四月七日相手方大阪支店の担当者である徳留龍一が抗告人の自宅を訪問して、本件貸金について連帯保証人として弁済するよう求めたところ、抗告人は、連帯保証債務の存在自体は争わず、「五〇〇万円を弁済するのでその余の債務を免除してほしい。」旨申し出たことが認められる。これによれば、抗告人は消滅時効完成後に連帯保証債務を承認したと見ることができる。抗告人は、右申出は連帯保証債務を承認したものではなく、本件仮差押を解放して貰うため示談の打診をしたに過ぎないと主張するが、抗告人の示談の打診が本件貸金について抗告人の連帯保証債務を承認した上でされたことはその経過に照らして否定し難いところであるから、抗告人の主張は採用できない。
ところで、一般的に消滅時効が完成した後に債務者が自己の負担する債務を承認した場合、債権者ももはや債務者において時効の援用をしない趣旨であると考えるのが通常であるから、その後は債務者に時効の援用を認めないのか信義則に照らし相当である。しかし、本件のように主債務について時効が完成した後に保証人が保証債務を承認した場合に主債務の時効消滅を主張しうるかどうかは別の問題である。本来保証人としてはその保証債務を履行した場合主債務者に対して求償することができるのに、主債務の時効が完成し主債務者がこれを援用してその債務を免れた場合には求償の途を絶たれることになり、保証債務は主債務が消滅した場合これに附従して消滅する性質の債務である(尤も、時効消滅の場合その援用が相対的であるから、保証人において援用しない限り保証人に対する請求は可能である。)ことを考えると、保証人は主債務の時効消滅後に自己の保証債務を承認したとしても、改めて主債務の消滅時効を援用することができると解するのが相当である。したがって、本件の場合、抗告人は、前記債務承認後であっても主債務についての消滅時効を援用できることとなる。<書証番号略>によれば、主債務者である徳之島興産は平成四年一一月九日相手方に到達した内容証明郵便によって前記消滅時効を援用したことが認められ、これにより同会社が既に確定的にその債務を免れているから、抗告人が相手方との示談交渉の過程でした債務承認を理由に保証債務の履行を強制されることはない。
以上のとおりであって、抗告人による主債務の消滅時効の援用が信義則に反するとの相手方の主張は理由がない。
三よって、本件仮差押命令の申立は請求債権を欠き失当であるから、原決定及び仮差押決定を取消した上、本件仮差押命令の申立を却下し、申立費用は原審及び当審とも相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 吉田秀文 裁判官 弘重一明 裁判官 岩田眞)